人の雰囲気や性格が話す言語で変わる!?

人の雰囲気や性格は、少しかも知れませんが、話す言語で変わると私は思います。

カナダのバンクーバー島で大学生活を送っていた時、私は毎日英語を使っていました。大学の授業を受けるのも、友達との会話も(カナダ人だけではなく、日本、ベトナム、UAE、パラグアイ、中国、韓国など色々な国から来ていた友達です)、食料品の買い物も、全て英語でした。知らない単語に出会い、会話や授業についていけないと感じることも多々ありましたが、そんな生活を苦に感じたことはありません。何故だと思いますか?それは、英語が私の性格に合っていたからです。英語が、私の性格を自分らしいものに変えてくれたからと言ったほうが正しいかもしれません。言いたいことを始めにスパッと言い切ることができ、何事もはっきりと簡潔に述べることができ、好き嫌いなど自分の意見をダイレクトに表現できるところが、とても気持ちがいいのです。小さい頃から、何故か友達と合わないとか、場の雰囲気に馴染めないとか、居心地の悪さを時々感じていた私ですが、中学校2年生の時に経験したアメリカでのホームステイを切っ掛けに、英語を使って生活する私が本当の自分、なりたい自分なんだと気がつきました。日本語を使っている時の自分の雰囲気や性格が、思い描く「私」と少しずれていたようです。幸運なことに、日本の高校を卒業した後カナダの大学に進学することが出来、「私らしい私」として異国の地で多くのことを学ぶことができました。

大学3回生か4回生の頃、日本の大学から語学研修に来ていた団体のお手伝いをするお仕事を頂いたのですが、その時初めて日本人学生を相手に日本語を使いました。それまでは、どの国の学生に対しても英語を使っていたので、日本人の友人の中には、「Chiharuは日本語が喋れない。」と思っている人も多かったのです。このお仕事中、学生達の観光先へついて行き、馬の乗り方やカヌーの乗り方などを通訳したり、寮に一緒に泊まって困ったことがあったら相談に乗ったりと、色々な楽しい経験をさせて頂きました。一週間ぐらいだったでしょうか、このグループのお手伝いをしている間に私が日本語を使っているのを見かけた友人達は、

「なんか、別人みたい!」、「Chiharuじゃないみたい!」、「なんか、雰囲気が違う」、「日本語だと、物凄くのんびり喋るね」

と、色々なコメントをくれました。その時、私の雰囲気や性格が言語に左右されているということに気付きました。根本的な性格はそんなに変わらないかもしれませんが、その言語が使われている国の文化や習慣を言語自体が反映するので、使う言語によって自分(個性)を表現する方法や内容が変わります。例えば、日本では年上の人に対して敬語を使います。知り合った人が、1歳だけ年上だったとしても、始めは敬語を使ってコミュニケーションを取り、もっと仲良くなれた場合に敬語を止めるということがよくあります。敬語を使っているときには話したいと思わなかった事でも、敬語を止めて親密感が増した時に話したくなったという経験はありませんか?このように、使う言葉を選ぶことによって、話す相手への態度や話す内容まで変わるのです。きっと、日本語で話す時と、英語で話す時では、相手に対する私の態度や話す内容などが大きく違っていたので、初めて日本語を使う私を見た友人達は、とても驚いたことでしょう。

自分が本当に思っていることや言いたいと思うことが、自分らしく言い表せるかどうかを考えた場合、英語が私には合っていると感じます。英語が作り出す「私」が好きだからです。皆さんはどうでしょう?私の友人の一人は、英語の物事をとてもダイレクトに伝えたりスパッと言い切るところが、自分には合わないと言っていました。スミス英会話大津校の生徒さんの中には、私と同じように、日本語より英語のほうが自分の性格にあっていると思うと教えてくれた方も何人かいらっしゃいました。一人一人の持って生まれた性分、今までの生活上の経験、育った環境などによって、心地よく自分を表現できる言語が違うのは当然だと思います。言語を比べるのではなく、日本国内の方言を比べてみるとわかりやすいでしょうか。自分を表現するのに適した方言が皆さんにもあると思います。ちなみに、私にとっては、関西弁が一番安心できる方言です。

英語、アラビア語、スワヒリ語、韓国語、中国語、スペイン語など日本語以外の色々な言語に触れてみることで、自分の中に秘められた個性が開花するかもしれませんね。

Chiharu、スミス英会話大津校